誰かが死ななきゃ変わらない社会という現実

大阪北部地震から約2週間が経った。小学校のブロック塀が倒壊して女児が死亡した事故を機に全国の学校で安全点検が進んでいる。新聞には、建築基準法に合わない疑いのあるブロック塀は少なくとも全国2,498校で確認されたと報道された。この数値は学校だけである。一般の建物に併設されている塀は数えられていない。いったいどれだけの数が、建築基準法に合わない塀が全国にあるのだろうか途方に暮れてしまう。また、学校の塀が倒壊したから、学校を調査するのは当然なのだが、その他の塀を調査実施することは何故しないのか、あまりにも短絡的だ。一般建築物の塀については、また誰かが天災で亡くならないと調査や改善はされないのであろうか。
 大手広告代理店の新入職員が過労死したら働き方改革となり、森友学園問題は、近畿財務局の職員が公文書を改ざんさせられ自殺したら、公文書改ざんを財務省が認めた。誰かが死なないと変わらない社会というのが、今の日本の姿だ。戦争は知らない世代だが、戦争と何も変わらない気がする。亡くなった人は二度と返らない。予測して備えることを怠り、場当たり的なその場しのぎの世の中に、なんだか虚しさだけが残る。